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藤井由紀・久保井 研

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鯨カツ屋の主人がリチャード三世?……現代と中世が境界を失って混ざり合う

唐十郎とシェイクスピアが結ばれる幻想世界。新キャストで15年ぶりに上演される異色作

今春、代表作『透明人間』の上演を大成功させた劇団唐組が秋公演の題材に選んだのは、2000年に初演された『鯨(ゲイ)リチャード』。座長代理を務める久保井研いわく「より多くのお客さんに紅テントでの芝居を観てもらいたい」という思いの下、新たな節目を迎えている唐組の現在とこれからについて、看板女優の藤井由紀も交えて話を聞いた。

PROFILE

藤井由紀(ふじい・ゆき)のプロフィール画像

● 藤井由紀(ふじい・ゆき)
1971年生まれ、埼玉県出身。95年に唐組入団。代表作は『糸女郎』(02年)、『泥人魚』(03年)、『津波』(04年)など。外部出演も多く、泉鏡花のリーディングや、ファッションショーと芝居の融合した舞台などにも参加。映画では若松孝二監督『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08年)などに出演。

久保井 研(くぼい・けん)のプロフィール画像

● 久保井 研(くぼい・けん)
1962年生まれ、福岡県出身。89年に唐組入団。90年『透明人間』で演出助手を務め、97年の再演では初めて演出を担当。その他代表作に『桃太郎の母』(93年)、『秘密の花園〜ジゴロ・唐十郎扮する版』(99年)、『水中花「透明人間」改め』(01年)など。外部出演も多いほか、外部演出にて『少女仮面』(10年)や、渡辺えり一人芝居『乙女の祈り』(10年)などがある。

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唐十郎の作品をより多くの人に

――― 今年から久保井を代表に据えて一般社団法人となった唐組。まずはその狙いについて久保井がこう話す。

久保井「今までは、座長である唐十郎の考える世界にくっついて芝居をやれたら面白いな、というふうに考えていたのですが、座長が先頭に立って現場を仕切ることができなくなってしまった今、自分たちで唐十郎の作品をより多くのお客さんに観てもらうことを目的にやっていこうという決意を持って、今年から劇団を法人化して新たなスタートを切りました。そこで、まず唐さんの世界を伝えるには一番面白いかなと思って選んだのが『透明人間』。独特ではあるんですけど、巷にあふれるマイノリティというか、弱者が復権してくる話というのは唐さんの世界でもあるので、それをより楽しんでもらえる作品として選びました」

――― 『鯨リチャード』は、新宿の思い出横丁にある鯨カツ屋の主人が実はリチャード三世なのではないか?と思い込む青年・田口を語り部として展開する。田口は『透明人間』にも登場するなど、2作には共通点が多い。

久保井「『透明人間』には焼き鳥屋で不法就労している中国人の若い女性が出てきて、田口は彼女に惹かれてしまう。どちらも巷の風景を切り取って、そこから片方は戦時中の中国大陸へ、片方は中世イギリスのシェイクスピアの物語の中へ飛躍していく……そういう面白さがある作品です。そんな2作を通して、1年かけて若手を鍛え上げたいという狙いもあります」

藤井「『鯨リチャード』は唐さんの作品の中でもちょっと異質というか、もともとは小説『シェイクスピア幻想 道化たちの夢物語』の中の一編を戯曲化して、劇団で毎年夏に行っている発表会の余興のような感じで最初にやったんです。それが面白かったということで続きを書いてくれたんですけど、もう全く違う、ここからこんなに広がるんだっていう作品になりました。構成も1幕・2幕……ではなく、1場・2場・3場っていう不思議な作りになっています」

久保井「唐さんの作品は2幕もの3幕ものが多くて、1幕ものは初期にいくつかあったくらい。幕というのは始まって幕切れがあって、それが2つとか3つあって全体の物語になっていく感じですけど、これは1幕ものなので、コンパクトでスピード感がある。今回はそこを逆にたっぷりと作ってみたいですね。戯曲の細かいところまで分け入って、この言葉は何を意味するものなのか?というところまで全部細かく微分して、それからいろんなベクトルを作り出していきたいなと思っています」


――― 初演から15年を経た今も、作品そのものに対する視線は変わらないという。

藤井「当時は私が入団して6年目でしたけど、ほんとに昨日のことのように思い出せます。役者さんが台詞をしゃべっているのを聞いても、今目の前でしゃべっているんじゃなくて、15年前にしゃべっていた方を思い出しちゃったりして、不思議な感じがします。久保井からは“作品に出会い直してくれ”と言われていますね」

久保井「僕は割と、前のに全然とらわれないんですよ。前のが思い出せないくらいのことも多くて(笑)」

藤井「前はどうだったっけ?って、よく聞いてきますよね(笑)」

久保井「再演だからということで何かを参考にするとか、逆に意図的に変えようとか、新解釈しようとか、そういうことは考えません。常に新作をやるようなつもりでやっています」 藤井「劇団員の中でも好きな人が多い作品ですね。私も、唐さんの王道ではない作品の中では特に好きなものの1つです。曲もすごく好きだし」

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テント芝居でしか味わえないものを作っていく

――― 劇場ではなく、神社や公園などに設置したテントで上演する独特のスタイルも健在。

久保井「僕自身も初めて観たときは、それまで自分の中で考えていた芝居というものと全く違っていて、ショックで心が震えました。皮膜一枚で外側から隔てられ、そこに一歩入ると虚構の空間が現れる。観客はその中に巻き込まれていくんだけど、自分たちは普段は何もない地べたに座って芝居を観てるんだということに最後は気付かされる。そういう道具立てとしてのテント芝居の面白さと、その中で繰り広げられる唐十郎の世界の摩訶不思議さ、猥雑さ、勢いを感じてもらって、また来たいと思っていただけるものを作り続けていくことが、僕らが今やっていかなきゃならないことだと思っています」

藤井「私は入団するまで唐組の芝居を観たことがなかったんですけど、入った年にテントの中でたった1人最前列でゲネを観るという特殊な体験をさせてもらって、そのときの印象はすごく大きかったです。お客さんが入ったテントを外から見ると、中のライトがついて赤く発光したテントが宇宙船のように見えて、それもすごくいいんですよね。野外なのでいろんな音が聞こえてきたり、それこそ雨が降っていれば雨の音や匂いもする。五感すべてが研ぎ澄まされる感じがするのもテント芝居ならではだと思います」

久保井「公演場所が変わると、同じ出し物でも全く違って見えるという感想は多いです。都会の真ん中と静かな場所では、同じ台詞も違って聞こえてきたり。それで何度も足を運んでくださる方も多くて、そうすると唐さんの脚本の多層性というか多面性のようなものが感じられるようになってくる。観れば観るほど面白くなるというのが、唐十郎のテント芝居なのではないかと。実際、同じ公演のリピーター率はすごく高いんですよ」

――― そして最近は、その面白さにハマる新しい観客も増えているそうだ。

久保井「初めて観たっていう若いお客さんは多いですね。あと、ある程度の年齢の方が初めてご覧になって、どうして今まで観てこなかったんだろうっていう声もよく聞きます。そんなふうに広がっていくのは嬉しいことなので、僕らはテント芝居でしか味わえないものをきちんと作っていくのが大事だなと。びっくりさせて、面白がらせて、気持ち良かったという要素を常にこちら側が用意しておかなきゃなと思っています」

藤井「テントなので本当にいろんなことが本番中に起きるんです。春の『透明人間』でも、30分くらい停電しちゃったことがありました。うちは役者がスタッフもやっているので、普段から連携プレイがすごいんですけど、そのときも何とか乗り切って……」

久保井「お互いの顔をペンライトで照らしながら真っ暗な中で30分くらいやって、最後にようやく復活してなんとか終わったんです。でも、役者の芝居は全くブレませんでしたね。千秋楽の前日で、土砂降りの雨が降る中、ほんとに申し訳ないことをしましたが、お客さんはピクリともせず食い入るように観てくださって、“いいもの見せてもらったよ”って言ってもらえました。翌日は、役者全員が一回りも二回りもデカくなっていたのが面白かったですね。やっぱり修羅場をくぐり抜けると本当にデカくなるんだなって」

――― 1960年代に興ったアングラ演劇の潮流を受け継ぎながら進化を続ける唐組の芝居は、今こそ観ておきたいエネルギーに溢れている。

藤井「初演のときは出番が少なくて、唐さんの書く台詞をもっといっぱいしゃべりたいとか、もっと真剣に向き合わないと台詞を書いてもらえないんだなとか、そういうことを大きく感じました。でも、舞台に直接関わるスタッフ仕事をたくさんできたので、大変だったけど楽しかった印象が強い作品です。今回はまた違った面白さがあるだろうなと思うと楽しみですね」

久保井「最初から胡散臭さやいかがわしさが全開の作品なので、きっと楽しんでいただけると思います。最初は“なんだこれ”っていう警戒心が働くかもしれませんが(笑)、決して間口の狭いものではないと自負しておりますので、怖がらずに来てほしいです」


(取材・文&撮影:西本 勲)


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