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詩森ろば・眞鍋卓嗣

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紀伊國屋演劇大賞で注目される詩森ろばが俳優座の新作を書き下ろし

生活者の視点で公害問題と向き合う主人公。その人生の転機を通して描かれる希望とは

 劇団俳優座が9月に上演する新作『海の凹凸(おうとつ)』は、1980年代半ばの東京で印刷屋を営む主人公が、水俣病などの公害に関する市民講座の記録を依頼されたことをきっかけに、人生の大きな転機を迎える物語。脚本を手がけるのは、社会的なテーマを持つ作品群で知られ、2016年度紀伊國屋演劇大賞・個人賞を受賞した風琴工房の詩森ろば。俳優座の演出家・眞鍋卓嗣との初タッグとなる本作が描こうとしているものは何なのか。詩森と眞鍋の2人に聞いた。

PROFILE

詩森ろば(しもり・ろば)のプロフィール画像

● 詩森ろば(しもり・ろば)
岩手県出身。劇作家、演出家。1993年に風琴工房を旗揚げ。主宰であると同時に劇作・演出を務める。2003年、児童虐待をモチーフとした『紅き深爪』で日本劇作家協会新人戯曲賞優秀賞受賞。2004年に京都で立ち上げたTOKYOSCAPEではフェスティバルディレクターを務める。2010年には初の小説『記憶、或いは辺境』を上梓した。2011年『葬送の教室』にて鶴屋南北戯曲賞最終候補。2016年度、第51回紀伊国屋演劇賞にて個人賞を受賞。

眞鍋卓嗣(まなべ・たかし)のプロフィール画像

● 眞鍋卓嗣(まなべ・たかし)
1975年生まれ、東京都出身。2003年に俳優座研究所へ入所し、現在は文藝演出部に所属。近年の主な演出作品は『城塞』『狙撃兵〜デッド・メタファー〜』『北へんろ』。外部公演では『トゥーランドット』『ラ・トラヴィアータ』(演出:宮本亜門)などに演出助手で参加したほか、中島みゆき『夜会』VOL.18、19でステージングディレクターを務めた。7月〜8月の俳優座地方公演『春、忍び難きを』(作:斎藤憐)では佐藤信と演出を担当。

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公害問題の構造は現代でも変わらない

――― 今回、詩森さんが俳優座で脚本を書くことになった経緯は?

詩森「私が作・演出した舞台に関わってくださっている榊美香さんという照明スタッフの方が、眞鍋さんが演出する俳優座の舞台にも参加していて、眞鍋さんのほうから何か良い企画があったら(俳優座で)やりませんか?と声をかけていただいたのがきっかけです。もちろん老舗の劇団なので、自分が書けるなんて思っていませんでしたが、作風として、いつかこういう新劇の劇団に書いてみたいという思いはありました」


――― 演劇の王道といいますか、メインストリームの作品を書いてみたいと。

詩森「私が演劇に関わるようになった頃はサブカルチャー的なものがすごくもてはやされて、それに対するカウンターカルチャーがまた出てくるみたいな時代でした。でもメインカルチャーがない中でのサブカルチャーって、確かにセンスは集約されていて素敵な作品も多いんだけど、結局どんどん薄まっていくばかりというか、じゃあ何と戦っているんだろうと思ったときに、私は踏みとどまって昔ながらのメインコンテンツの演劇を書いていこうと。演劇を観たことがない人も“あ、これが演劇だよね”って思うようなものを書き続けようと決めたのが、2000年を越えたあたりでした」


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――― 演劇ファン以外にも届くものを作ろうと?

詩森「風琴工房の舞台に何度も足を運んでくださる方には、そういう方が多いんです。もちろん演劇が好きな方には届けたいですが、普通に働いてらっしゃる方とか、普段演劇を観ない層にアプローチしたいと考えています。なかなか難しいですけどね」

――― 今回の作品はどういうところから生まれたのでしょうか?

詩森「水俣病など全国の公害問題をテーマに東京大学で実際に行われていた『公害原論』という自主講座がありまして、その内容を取りまとめて印刷していた印刷所の方が今回のモデルになっています。それまで水俣病のことなど全く知らなかったその方が、作業を通じて水俣に対する関心が生まれ、最終的に水俣に移住して患者さんの支援活動に入っていく様子を書こうと思いました。患者さんたちは、自分たちの生活をなんとかしたいと補償を求めましたが、病の発生から20年が過ぎてもまったく解決せず疲弊し、傷ついていました。社会の矛盾が弱者に押し付けられていた。それを生活者として支えていきたいと、モデルになった方は思うんですね。」

――― 現在の日本でも同じようなことが起きていると思える話ですね。

詩森「その通りです。公害というものが文明の必要悪のように見なされ、いったい何を騒いでいるの?みたいなことになっていった。問題が飽和すればするほど薄まっていく状況は、2011年に原発が爆発した現代とまったく同じ構造だと思います」

――― 風琴工房でも、2008年の『hg』で水俣病をテーマにしています。

詩森「中学生のときに石牟礼道子さんの『苦海浄土わが水俣病』という本を読んでから、水俣について常に考えてきました。それで2008年に、当時の自分のレベルを超えた素晴らしい俳優さんたちとご一緒できる機会が訪れたときに、ずっと抱えていたチッソの企業内研究の話を書こうと思ったんです。患者さんについて書いた作品はたくさんありましたが、大きな災害を起こした企業の側にも傷ついた人間がたくさんいたということを書こうと。
 でも自分が生まれる前の話ですし、実際に傷ついている人がたくさんいる作品を書くわけなので、水俣に何度も何度も行って、快く取材させてもらえるような関係性を築いていきました。その中で、今度はほとんど資料がないような水俣の話を書いてみたいとご提案し、じゃあそれでと言っていただけたのが今回の作品です」

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大事なテーマだからこそ慎重に

――― 眞鍋さんは今回の話が決まってどう思いましたか?

眞鍋「詩森さんのことは以前から存じ上げていました。最初の出会いはずいぶん前のことですが、僕が演出助手で入った作品で詩森さんが制作のお手伝いをされていたんです」

詩森「全然、クリエイターとしての出会いじゃなかったですね(笑)」

眞鍋「一生懸命みんなのカレーを作ってくださったりとか(笑)、すごくバイタリティーのある方だなという印象でした。そこから風琴工房のことも知って、何度か観に行かせていただく中で、詩森さんのことはずっと頭にあったんです。特に、日航機墜落事故のことを扱った作品(『葬送の教室』2010年)を観たときには、俳優座と何か一緒にできることがあるんじゃないかという、共通点みたいなものを感じていました。さらに去年、詩森さんが作・演出された『残花ー1945 さくら隊園井恵子ー』という作品を観て、とても感動して……」

詩森「宝塚から新劇に身を転じられた園井恵子さんという、広島の原爆で亡くなられた女優さんのお話でした。その方が岩手出身なので、岩手の劇作家に書いてほしいということで縁がつながったんです。それで去年、紀伊國屋演劇大賞をいただいて」

眞鍋「新劇の話でもあるのですごくシンパシーを感じたし、何より作品が素晴らしかったので、今だと思ってお声がけしました。そうしたら賞をお取りになったので、今皆さんが注目していらっしゃる劇作家なんだということを感じながら、今回一緒にやれることをとても楽しみにしています」

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――― 水俣病という重いテーマについて眞鍋さんの印象は?

眞鍋「もともと詩森さんには大いに腕を振るっていただきたいと思っていましたから、前からやってみたかったという大事なテーマを扱ってくださるというのは嬉しい限りです。ただ、もちろん慎重にはなりますね。先日も『北へんろ』という作品で東日本大震災をモチーフにしたのですが、演劇という虚構を扱うことでどこか嘘くさくなってしまうとか、今も苦しみが続いている人の心をちゃんと汲み取れているだろうかとか、そのあたりのことをよく考えました。
 それがうまくできているかどうか、まだまだ自己批判もありますが、俳優座というところで思考を重ねる中で鍛えられてはいると思うので、今この時期に詩森さんの作品に取り組めるのは喜びでもあります。ちゃんとできるかどうか自分を試すという気持ちもありつつ、しっかりやりたいなと思います」

詩森「今こういうものを書かなきゃ、という気持ちですね。最近はアイスホッケーの芝居を書いたりして(『penalty killing』2015年初演/2017年7月にremix ver.として再演)、政治的なものからちょっと離れた時期もありましたが、やはり政治に直結したものを書かざるを得ないし、書くしかないなって思っています」

――― そう聞くと、暗く重いトーンの作品なのかと不安になりますが、実際のところはどうでしょうか?

詩森「どんな問題であっても、ただ“こんなにひどいことがありますよ”と言ってもしょうがなくて、生活者の視点を持つことが大切だと思っています。少し難しい言い方になりますが、マクロな視点を持っている人はミクロな視点に近づくべきだし、ミクロな視点を持っている人はマクロな視点を持つべき。自分のところにあったら嫌なものは隣にあっても嫌だし、世界のどこかにあっても嫌だろうという想像力を持つこと。それは、生活することを大事にするという視点からちょっとだけ先に進むということだと思うんです。
 今回の作品でも、すごく平易な視点で、こういう解決方法や希望もあるということを書きたいと思っています。主人公が水俣に入っていくこと自体が希望だったりするので、ちょっと恋愛の要素も入れたりしながら(笑)、どんな気持ちで、どういう志を持って行くのかということを書いていきます」

――― あくまでも前向きなタッチということですね。

詩森「理想に燃えている若い人は、苦しむけれど生き生きしている。そういう姿を通して伝えたいものがあるんです。最近はいつも、元気になるものを作りたいと思っています」

眞鍋「僕はそれを良いものにするために頑張ります」


(取材・文&撮影:西本 勲)


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