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J・A・シーザー

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ブラジルで喝采の嵐を巻き起こした『奴婢訓』が堂々凱旋!

唯一無二。本物の「寺山修司の世界」が、ここに。

伝説の巨匠・寺山修司。寺山率いる演劇実験室◎天井棧敷は、その革命的な作風で熱狂を生み、1960年代後半から70年代半ばにかけて小劇場ブームを巻き起こした。寺山の死後、その正当たる継承者として誕生したのが、演劇実験室◎万有引力だ。数々の寺山の傑作戯曲を次代へ受け継いできた万有引力だが、中でも代表的な作品として世界中から支持を集めている『奴婢訓』を引っさげ、2015年11月、ブラジル公演を敢行、大成功をおさめた。国籍も文化も異なる人々の心も掴んだ『奴婢訓』に宿る「魔力」の正体とは――万有引力主宰にして、長年寺山の片腕を務めたJ・A・シーザーに聞いた。

PROFILE

J・A・シーザーのプロフィール画像

● J・A・シーザー
1948年宮崎県生まれ。静岡県育ち。69年に演劇実験室◎天井棧敷に入団。70年、『邪宗門』を皮切りに天井棧敷の全ての演劇作品と寺山長編映画で音楽を担当する。83年、寺山が亡くなった後、劇団員とともに演劇実験室◎万有引力を結成。演出・音楽を手がける。

● 演劇実験室◎万有引力
天井棧敷の解散翌日に、J・A・シーザーが中心となり設立。寺山修司の世界観を引き継ぐ「後継者」として、寺山作品を中心に様々な作品を上演。

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『奴婢訓』には、人智を超えた現象を招く力がある。

――― 『奴婢訓』の初演は1978年。以来、約30都市、200回以上にわたってロングランを続けている。これだけ長年、しかもオランダ、イギリス、イタリア、アメリカ、フランスなど海外でも上演をされている戯曲は、日本ではごくわずか。まさに「奇跡」と呼ぶべき作品は、遠きブラジルでも喝采を浴びた。

「世界的舞台演出家であるロバート・ウィルソンの作品で舞台監督を務める方が観たそうです。聞くところによると、彼が言った言葉は“鳥肌が立った”“こんな劇があるとは知らなかった”“学ぶべき点が多すぎる”の3つ。この3点で十分じゃないですかね」

――― そうシーザーは不敵に笑む。世界のトップクリエイターをも脱帽させる『奴婢訓』の魔力を表す上で、こんな象徴的なエピソードがある。

「ブラジル公演での最終通し稽古のときのことです。わたしは客席で舞台を観ていました。最後のシーンで、スモークが焚かれる中、役者が一列に並ぶのですが、白いはずのスモークが黒く染まっているんです。それはまるでキリストがゴルゴタの丘で十字架に磔にされたときに現れた黒雲のようでした。よく見ると役者たちの前には、2メートルにも及ぶ大男がわたしに背を向けて立っている。頭の形からいって寺山さんではない。まるで知らない男なんです。男は指揮をしているようにも見えました。役者たちがその大男の身体を通り抜けたとき、そのシーンは終わりました。夢だと思うかもしれませんが、最終稽古で夢なんて見たことがない。真実と捉えるしかなかった。そんな摩訶不思議な現象が現れるのが、この『奴婢訓』という作品なんです」

――― かつてベートーヴェンは聴覚を失ったことで神の領域へと足を踏み入れた。モーツァルトは父の亡霊に怯えながら『レクイエム』をつくり上げた。そんな人智を超えた現象が、『奴婢訓』には起こりはじめているのだとシーザーは語る。

「この間、“我なんとか無双”って言葉を聞いてね。そのなんとかがなんだったか思い出せないんだけど(笑)、とてもいい言葉だな、で思ったね、寺山演劇を“我劇無双”と置き換えても間違いじゃないと。こんな作品、二つとありませんから」

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感動よりも衝撃。それが、寺山演劇の世界。

――― 『奴婢訓』は主人不在の館で奴婢(召使い)たちが入れ替わり立ち替わり主人を演じるさまを描いた作品だ。社会情勢も価値観もかけ離れた時代に生まれた作品が、なぜ今なお多くの人の心を揺り動かすのか。

「寺山さんの作品には、“人間とは何か”という問いがある。寺山さんの言葉に“不完全な死体として生まれ、何十年かかゝって完全な死体となるのである”というものがありますが、それくらい彼にとって人間というものを不完全なものと捉えている。中心不在という主題も昔から謳ってきたもの。
 『奴婢訓』でも“世界はいくつもの中心を持つ楕円の卵”というシンボリックな台詞がある。“楕円形の中での支配するものと被支配するもの”という台詞も出てくる。これは今の社会に簡単に置き換えられるものですよね。今や子どもっぽい国づくりがどんどん暴かれるようになった。寺山さんの作品は常に人間性を問うているからこそ、今も生きる恒久性があるんじゃないかな」

――― 当時から“前衛”と絶賛を浴び続けた舞台は、没後30年以上経った今も時代の最先端を走っている感さえある。

「寺山さんの舞台は感動よりも衝撃がある。劇場に来た観客のほとんどが“何だか分からないが、内側の何かが変わった”というんだ。寺山さんの舞台は想像力で理解をするもの。舞台上での意味づけのようなものはもちろんありますが、それらが観客が容易く欲しがる、単なる言葉の意味であってはいけない。それらはキーワードや暗示のようなものでなくてはいけない。観客一人一人が自由に何かに置き換えていかなければいけないという作業を強いるものでなくてはいけない。そういうことも含めて、寺山さんの演劇は革命だった。演劇も台本も俳優もスタッフも観客も変革させた。寺山演劇は何もかもを変革せずにはいられないんだろう」

――― 没後30年、そして生誕80年とメモリアルイヤーが続き、近年、多くの団体や演出家が寺山作品をこぞって上演した。しかし、シーザーには“寺山修司の継承者”としての自負がある。

「個人的には、寺山さんの言葉を一行でも解体したら寺山修司と謳ってほしくはないね。その時点で寺山さんの世界から離れたもの、脚色物でしかない。寺山修司の劇世界が知りたいなら、うちにおいでとしか言えない。それだけ自信がある作品ですよ『奴婢訓』は」


寺山との出会いが、眠っていた何かを呼び覚ます。

――― 今回は凱旋公演として、座・高円寺で上演を果たす。今では寺山を知らない世代も増えた。中には観たことはないものの何となく苦手意識を持っている層も一定数いるだろう。シーザーは彼らに向けて大胆不敵にこう呼びかける。

「嫌いなものを知るのも、嫌いだということを立証できるという意味で意義がある。だから嫌いでもいいから、とりあえず来てみたらいいですよ。食わず嫌いってこともあるしね。特にここを観て欲しいなんてものはない。観るんじゃないんだ。“偶然性が引き起こす出会い”と寺山さんもよく謳っていましたから。真っ白な招待状を持ってくるような感覚で、何も知らずに来てもらえばいい。きっと衝撃を受けるものがあるだろうし、演劇そのものを考え直すきっかけになるかもしれない。来れば、演劇を観る面白さが増すと思うよ」

――― さらにシーザーはネット世代の若者に向けてメッセージを贈る。

「寺山さんは“四畳半で世界一周なんて簡単だよ”とよく言ってた。最近、引きこもって想像力を広げてる人たちが気になりだしてね。じつは僕も部屋で一人で過ごすことが好きなんだ。昔っから。ちょっと知り合っただけで無駄な時間割くの嫌なんだよね。だから、似たような最近の引きこもりの人たちに変な興味持っちゃったようなんだ。彼らこそ昔のアングラの精神を持っているような気がし始めてね。引きこもってた分、表に出たときの力は大きい。彼らが動き出したら世界は変わる。きっと新しい演劇もやるでしょう。寺山演劇は想像力で観る、観なければいけないところがたくさんある。そして、それはわたしたちが受け継いできた血の中に眠る何かを呼び起こす力がある。もし、自分の中の何かを目覚ましたいと思う人がいたら、うちの劇を観れば叶うかもよ。でも、それに気づくのがいつかは分からないけどね」

――― 東京では、日夜、いろんな劇場で夥しい数の芝居の幕が上がる。けれど、こんな芝居は他にない。そう断言できる唯一絶対の芝居が、万有引力だ。“世界のベストプレイ”とも称されるその作品の真価を、今度はあなたが確かめる番だ。


(取材・文&撮影:横川良明)

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