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竹下幸之介

竹下幸之介

※本ページは、人物/団体の名前でWikipedia、Google画像、YouTube動画検索等を行い、その結果を自動的に取得・表示しています。

 

Wikipedia

竹下 幸之介(たけした こうのすけ、1995年5月29日 - )は、日本の男性プロレスラー。AEW、DDTプロレスリング所属。

日本体育大学卒業。大阪府大阪市出身。身長187cm、体重105kg。血液型O型。DDTの未来を担う若き逸材である。

経歴

デビュー前

焼鳥屋の竹下の父親はアントニオ猪木のファンで、竹下が2歳のころから父とプロレスのビデオを見ていた。当時はFMWのハヤブサのファンで、初めて生で見たのは幼稚園の時の大阪プロレスだった。レンタルビデオを何本も借りてくるので、竹下の両親はサムライTVに加入し家に引きこもってプロレスを見続ける。2004年2月6日、竹下が小学2年生の時、WWE大阪城ホール大会のメインイベント、クリス・ベノワvsトリプルHの世界ヘビー級選手権試合を見て、いつかベノワと戦いたいとプロレスラーになることを決意する。

大阪プロレスでプロレス教室をしていることを知り、子どもの部だけではなく大人の部にも参加した。大人の部でも勝つことがあるほど強かったことから、当時先生だったタイガースマスクに日本一のアマチュアレスリングクラブである吹田市民レスリング教室を紹介され、そちらにも参加した。

小学生の時、プロレスラーになりたいと各団体に履歴書を送る。唯一DDTの高木三四郎大社長のみがモバゲーで返事をし、中学卒業後の再応募を促した。

公立の中高一貫校に合格し、レスリング部がなかったことから陸上部に入ってのめり込む。この頃はプロレスを全然見なかったが、中3の時の全国予選大会で四種競技にエントリーした竹下は初日終了後、久しぶりにテレビで見たベスト・オブ・ザ・スーパージュニアの決勝戦(2010年6月13日)、プリンス・デヴィットvs飯伏幸太を見て衝撃を受ける。6月19日、2日目の大会で全国大会出場を決めた足で大阪府立体育会館のDOMINIONを観戦してプロレスへの情熱が再燃。かつて唯一返事が来たDDTへ翌日履歴書を送付し、8月15日、名古屋大会(今池ガスホール)でテストを受け合格。竹下も中学卒業後、すぐに東京へ行くつもりだったが高木は両親と相談し、高校への進学を勧めた。竹下は陸上全国大会の四種競技の優勝候補だったが、最終種目で反則を犯して3位に終わったことを後悔し高校進学を決意する。

大阪市立咲くやこの花高等学校(現・大阪府立)に入ってからは、DDTの大阪大会や夏休みに練習に参加。高校の同級生に後にDDTの同僚となる上野勇希がいる。2012年4月1日、DDT後楽園ホール大会のリング上で8月18日の日本武道館大会でデビューすることが発表された。7月8日、DDT淀川区民センター大会で石井慧介と公開スパーリング。その直後、対戦相手がエル・ジェネリコである事を鶴見亜門GMより告げられた。

8月4日、DDT新木場1stRING大会で福田洋と公開スパーリング。当時アイアンマンヘビーメタル級王者であった福田にウォール・オブ・タケシタで勝利し、デビュー前にして第952代アイアンマンヘビーメタル級王座を奪取したが、すぐに奪回された。

デビュー後

2012年8月18日、竹下はDDT日本武道館大会にてエル・ジェネリコを相手にデビューを果たし、現役高校生プロレスラーとして活動を始めていった。11月25日、DDT後楽園大会にてポイズン澤田JULIEの引退試合の相手を務め、澤田からプロ初勝利を挙げた。

2013年7月29日、「闘うビアガーデン2013」ダークマッチにて福田洋との60分アイアンマンマッチを行う。2-2のドローに終わるが、竹下もフルタイムで完走した。

2013年度プロレス大賞新人賞に選出される。

2014年4月、日本体育大学への入学を機に上京。7月13日、DDT大阪市立東成区民センター大会でアントーニオ本多、遠藤哲哉と組み、KUDO&坂口征夫&マサ高梨を破ってKO-D6人タッグ王座を奪取。1週間後の7月20日、DDT後楽園ホール大会で奪回された。

8月17日、DDT両国国技館大会で棚橋弘至とシングルマッチを戦い、15分9秒、ハイフライフローからの片エビ固めで竹下が敗れた。


 
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